夢をつなぐ教育×河合純一さん

河合純一さんは、全盲で初の中学教師として、社会科の先生として教鞭を取られました。
河合さんのキャッチフレーズは「見えないからこそ、見えるものがある」ですが、映画「夢追いかけて」でも河合さんの持つ力が周囲に与える影響は非常に大きいと思います。
今回は、学校の先生の視点と、夢をかなえていく挑戦者の視点で、教育をテーマとしての対談をまとめました。
○月本:子どもたちが夢を持っていくという点について、河合さんご自身が、「水泳で世界一になる」という夢と「学校の先生になる」という夢を両方叶えられました。一日10キロずっと泳ぎ続け、勉強もしっかりしてきたご経験から、子どもたちが夢を叶えるために、モチベーションを維持し続けていく中で普段から心がけていることと生活に取り入れていることを教えてください。
○河合:基本的なこととして、目標や夢は自分が決めるということです。人に押し付けられた目標や夢は叶えたいという欲求にならないと思います。自分がどうなりたいかという話で、そのためには今の自分を知ることだと思います。夢や目標を叶えるのは誰かというと自分なんですね。ということは将来の自分の姿、今の自分の姿が見えなければ、将来の自分の姿がぼやけてしまいます。今の自分の姿を自覚したときに、どれぐらい努力をしてどれぐらいの時間をかければ将来の自分になれるかということで、まずは己を知るということが重要です。それとともに夢や目標を明確に持てるということです。もうひとつ大切なのは、「いつまでに」という時間です。期限を決めることです。人間、「いつかはがんばれる」と思っているとがんばれないんです。いつまで、何年という期限があるからビジョンや計画を立てられるということを子どもたちに話していますし、自分もそうしてます。例えば、パラリンピックはわかりやすくて4年に1回です。私は初めてのパラリンピック(バルセロナ)では銀メダルと銅メダルで金メダルが取れなかった。次こそ金を取りたいという4年間過ごし方があり、一日1万m、1万5千m泳ぐ日々があって金メダルにつがなるわけです。銀メダルと金メダルのタイム差を考え、どれぐらいになれば、4年後金メダルを取れるかということを考え、目標を立て、日々の計画に落とし込んでいくわけです。
○月本:今、夢を叶えていくという中で、これから国際社会になっていくと我が日本でも、羽田空港と隣接している我が川崎市でもそうですが、国際社会に進む上で外国語教育が重要になっています。川崎市でも外国語指導助手として外国人の先生が英語を教えている授業があります。昨年、韓国に視察に行きましたが、韓国の小学校とオーストラリアの小学校をテレビ会議システムでつないで子どもたちがお互いに英語でそれぞれの文化を交流していく姿を見てきました。言葉を難しい言語として学ぶというよりも文化として学ぶことが重要かと思います。中学教師の経験のある河合さんの国際人を育成していくビジョンをお聞かせ下さい。
○河合:外国語教育は、若いうちに取り組んでいくことも効果があると思いますが、日本語、そして日本の国について、子どもたちが知ることが大切ではないかと思います。語学も学問領域として重要な点もありますが、ツールであると思います。語学を通じて何をしたいかであって、この国が海外とのつながりを深めつつ、どのような地位や立場にしていくかのビジョンを我々大人が示していかなければ、単に外国語が将来必要になるからできたらいいよという話では通用しないと思います。学ぶ意義とか学びたいという気持ちをどう育てられるかが一番重要な気がします。学びたくないものを学ばなければいけないこともありますが、このような土壌作りが必要です。伝えたいという思いがあれば、会話しますよね。自分も海外の試合に行った時にいい選手がいると、どんな練習をしてるのかとか、仕事以外にプロでパラリンピックに向けて専念できる環境が相手の国にあるのかとか、このような情報は生で聞くしかないので、声をかけてみたいということがあります。上手い下手は別として話しかけようと思いますし、そういう時に、もうちょっと勉強したほうがよかったなと思うことがあります。日本語でも共通しますが、相手に自分の思いや考えをうまく伝える技術は、プレゼンテーションもそうですが、自己表現力を磨くということが大切だと思います。そのツールとしての語学について、大学入試前にTOEFLを受けさせるという国の議論もありますが、そういうことも含め、取り組んでいきたいと思います。
○月本:先日の予算議会で、教育の機会均等の観点で、学校の適正配置や適正規模について質問しましたが、昨今言われる少人数学級についてのお考えは?
○河合:子どもの数が学級の中で減ると担任の先生の負担は減ると思います。30人の学級でも40人の学級でも給料は同じですが、事務量が増えます。1人2枚のレポートが出されたときに60枚なのか80枚なのかで大きく違ってきますが、その事務量に評価が含まれていない実情があります。少人数だと人間関係が逆に難しくなってくるのではないかなどいろんなことを言われますが、きめ細かく(子どもたちに)声をかけられる環境づくりが必要ではないかと思います。そうすると、教員の数や教室の数の問題、教員の不祥事が多くて数を増やしていい教員が増えるのだろうかという様々な懸念材料があり、教育に大きな予算がつけられない事情があるのではと思います。
○月本:私は、子どもたちが未来を支えるという観点で、国が教育に予算をさくということは、未来への投資だと思います。河合さんが仮に文部科学大臣になったら、どのような点から手をつけていきたいですか?
○河合:少人数学級は積極的に進めて行きたいですね。学校の先生の多忙感の問題があります。部活をボランティアで担当していたり、しつけの話、親御さんたちの対応、給食費の回収などどこまでが業務の範囲なのかがわからない事情があります。教員採用試験のときに、「もしかしたら、あなたは給食費を納めてくれない家庭があったら、訪問して回収する仕事もあります」とは言われないわけです。でも、それはやるべき仕事かと思うとそうではないと考えます。OECDの中で教育費が少ない状況がある中で、より豊かな国にするために、投資をすべきと考えます。
○月本:教育は総論的な話になりがちですが、具体的な課題を示していくということが大切だと思います。
○河合:教育はどうしても主観的になれる、そして誰でも評論家になれる分野です。月本さんも私も学校で教育を受けて来ています。そして、今の自分があることを肯定するために、自分たちの受けてきた教育が正しかったという意見になりやすい傾向にあります。これがスポーツ界の体罰の問題とも密接で、自分たちが体罰を受けて強くなってきたから、殴れば強くなるということになりやすいわけで、そういう落とし穴があります。
教育も同じで、それぐらいのことは昔もあったことで、それを乗り越えられたからよかったのだ、乗り越えられなかったやつが弱かったのだという話に陥ります。しかし、その教育は例えば月本さんに合っていただけであって、万人に合っていたのか?ということに気づいて議論を進める国会議員や官僚が少ないというのが一番の課題だと思います。
○月本:主観論から客観論ですね。そこでみんなが見ようとしなかったことが重要なんですね。
○河合:経験はすごく重要です。でも、経験に引っ張られ過ぎることは、主観や自分の意見に過ぎなくなるわけです。私が教員になったときに、我々が受けて来た授業どおりに授業をしたら怒られたんです。それは君の時代の教育であって、今の子どもたちにつけなければならない力やそれを引き出すための授業づくりを考えろと言われたわけです。もう一度、冷静に立ち止まって議論をすると教育ももっと活性化できるのではないかと思います。