川崎市議会議員(麻生区)
月本たくや<無所属>

「麻生から新しい川崎へ」
一人一人を大切に歩むまちづくり

35歳を迎えて

35いよいよ四捨五入40歳となる35歳を迎えました。
34歳の一年は、貴重な経験を積めたり、議員活動でがんばって来たものが前に進んだり、逆に悔し涙を流したり、激しい一年でした。
様々な出来事がありました。
4月には市議会の交渉会派の最年少団長に就任するものの、5月に離党・団長辞任・離団という決断により、多くの方々にご心配とご迷惑をお掛けしました。
そして、選挙では、昨年12月の衆院選の選対本部長、今年5月から参院選の東京選対委員長、10月の市長選では有志市議応援団の代表になりましたが、1復活2敗と結果が残せず、支援者のみなさまや一緒にやってきた仲間の応援に報いることができず、悔しい想いをしました。
特に負けた二つの選挙は、数千票差という惜敗ゆえに非常に悔しい結末でした。
他方で、昨年6月に議会質問した川崎ウェディングが様々な方のご協力を頂き、いよいよ本格的に動き出し、第1弾しんゆりウェディングが始まります。

そんな34歳を終え、本日で35歳。
30代も後半になり、先日雑誌取材で撮って頂いた写真を見ると、父親そっくり。
おじさんという言葉が自然になり、つい数年前までは、近所の子どもたちと話すときに一人称で「おじさん」というと、お母さんたちが「いえいえ、まだお兄さんですよ」と気遣ってくれていましたが、そんな気遣った訂正もいつの日かということで、もうお母さんたちと同じ世代。
結婚してすぐに子どもが出来ていれば、小学生になろうとする年頃になりました。
と若いと思っているのは自分だけで、「まだ35なの?」と言われてしまいますが・・・。

小学生の頃、我が月本家のルーツを調べたことがありました。
協力してもらったお寺の住職さんは「平均すると一代30年」と言っていましたが、父の他界後まもなく15年。
すると、まもなく平均の半分。
父の代がわずか10年だったため、父の残り「任期」20年に平均の30年を足すと、50年が私の代。
まだ人の親になっていないので、代替わりはまだまだ先になりますが、一応「当代」になって15年。
すると、私の代はこれから35年。
いろいろな人に支えられ、今があり、またこれからもあります。

まずは、お腹を痛め、産んでくれた母に感謝です。
あの世で酒を飲みながら見守ってくれているであろう父や先祖、
父の他界後、父の代わりに支えてくれている父の親友家族、
想いが強すぎて暴走しがちな私を諌めつつ応援して下さる私の家族のような支援者のみなさま、
近くにいても、遠くにいても、一緒に泣き、一緒に笑い、一緒に語り合える先輩・後輩・友達、
わがまま兄貴を影に日向に支えてくれている弟、
そして、妻、
35年間出会えたすべての人に感謝申し上げます。

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