ガンジーの言葉とサイレント・マジョリティ

gan明日、平成26年度予算案ならびに議案等の採決が行われ、予算議会こと第1回定例会が閉会します。
採決は、審議の末の結果ゆえに「YES」or「NO」
採決に入る前に、意見表明ということで代表討論が行われます。
「YES」or「NO」で、反対する場合は反対理由を述べることは一つですが、賛成の場合も賛成だけど、ここはこうしてほしいという意見を表明する機会になります。
代表討論は交渉会派にしかない権利ゆえに、今回は代表討論を行いたかったのですが、無所属ゆえにこの声を改めて本会議場で発することは叶いません。
そう思って、声なき声をどうするか?
私は議員の立場で、予算審査特別委員会や常任委員会で意見表明を行っているため、本会議場での発言に制限があれど、職務を遂行できます。
そこで近年よく耳にする言葉を思い出します。

「サイレント・マジョリティ」
物言わぬ多数派。
しかし、無関心層というカテゴリーに入れられそうになり、ここから目が背けられていることもあります。
でも、決して無関心ではなく、多くの声なき声はあります。
どうやって伝えていいのか、手段がわからない。
どう言っていいのか、表現の方法がわからない。
伝えて何になるのかわからない。
言ったら変だと言われるかもしれない。
その他にもそれぞれの理由があり、声に出されないことがあります。
何かを始めるとき、いつも何かの勇気が必要です。大なり小なりの時間や手間も必要です。
でも、その勇気を少し下さい。
そして、大きな力につながる一歩を一緒に踏み出しましょう。

その一言やその一歩が何かを変えるかもしれません。
頂いた一言から少し勇気をもらったことで大きな結果につなげられたことがあります。
そして、同じようなことがたくさんあります。
みなさまの声の一つ一つから行動が始まります。

マハトマ・ガンジー曰く、
The future depends on what we do in the present.
- Mahatma Gandhi (ガンジー) -
未来は、「今、我々が何を為すか」にかかっている。

何を為すかです。
行動しましょう。

私が予算審査特別委員会でも市民委員会でも言いましたが、代表討論で改めて意見表明したかったことが、「尽くせる手を尽くすべき」ということです。
尽くせる手を尽くすべきという内容について、後日アップさせて頂きますが、昨今の待機児童問題を一つ大きく取り上げているものの、子育て全般のニーズ分析ができていないという課題があります。
待機児童問題を取り上げて、子育て課題が「一事が万事」のようにさも解決するような話ですが、私の予算審査特別委員会での質問で明らかになったのが、ニーズ分析のないマニフェストだったこと。
中学校給食も導入するということがすべて正しいというような話。
実際はどうでしょう?
サービスの提供はいいことですが、市民の負担が増える施策だけが進められようとしているように感じます。
たまたま、景気回復により市税収入が一年遅れで入ることや消費税増税年度ということで国や県の支出金増が見込まれているのが平成26年度。
財源確保や歳出抑制策について触れられていないということは、この先どうするのか?
引き続き、あの手この手で提案していくこと、それが、今私が為すことです。