社会の中で育つ

syakaiあったらいいなと思うこと。
それやってくれたら助かると思うこと。
この声に耳を傾け、最善の策を考えるのが、政治や行政の役割。
でも、将来にツケを残したり、他にも手段があったりすると、修正やストップをかけるのが政治の役割。

いま話題になる「子育て支援策」は、何がベストで、将来につながるのか?
子育てには保育所が足りない。
子育てにはお金がかかる。
これらの声が出ているものに対し、どのように取り組むか?
単に保育所定員を増やすことや、様々な助成名目でお金をばらまくという手法は単純明快です。
これらの施策によって、子どもの数が増えるなら、子どもたちがより健やかに成長するなら、正しい選択だと言えます。
しかし、結果が出るような施策ではないため、工夫が必要です。
私は子育ての価値観が多様化している中で、一部の価値観と一部の数字に対する側面ではなく、多様なものは多様な形に対応するべきと提案していますが、単純でないものはなかなか進みません。

自分に直接的な利益があるかどうかで選択するような世の中になったのでしょうか?
我が国の国民は、そんな勝手な人だらけなのでしょうか?

そんなことを考えていた2年前に、小中高生の子どもたちと「まちあるきタウンミーティング」を実施しました。
まちあるきタウンミーティングは、みんなでまちを歩き、いいところと悪いところや気になるところをまとめるもの。
この時に、子どもたちが指摘したのは、「お年寄りが大変な場所」について。
階段のスロープや段差などの意見は、子どもたちにとっては何ともないはずのもの。
私は、秘書時代から通算すると政治の世界に12年います。
これまで子育て世代は子育て支援のこと、高齢者は高齢者支援のことと、自分の世代で抱える問題の指摘が中心ということが多いのですが、子どもたちは自分ではなくお年寄りへの気遣い。
すごく感激し、未来の可能性に胸が熱くなりました。

子どもは・・・
親や家族が育てる。
保育所・幼稚園・学校等が育てる。
地域が育てる。
どの単位やどのような環境も含め、社会の中で育っているということ。
そして、その社会がどのような社会なのか?

人は社会の中で育つ。
そして、社会をつくっているのも人。

2年前の子どもたちの視点が、私に再認識させてくれました。

自分が楽できるために政治を利用するのではなく、子どもたちが将来自立できる社会をつくるために政治に参加することが大切です。