川崎市議会議員(麻生区)
月本たくや<無所属>

「麻生から新しい川崎へ」
一人一人を大切に歩むまちづくり

南三陸町を訪れてvol.2

昨日に続き、南三陸町視察についてです。

視察先についての説明と、視察の成果についてのご報告です。

 

==視察先==

 

  • 南三陸さんさん商店街

sansan・南三陸町の津波の象徴となっている防災庁舎が川の対岸に見える場所に設置されている観光拠点。

・当時の市街地より、10メートル以上高くなっており、以前の繁華街は地中深くになっている。

・当初、防災庁舎跡を残さないと議会で議決されたものの、県がその取扱いを7年程度保留にすると決定。のちに町民の7割が防災庁舎を残してほしいとの意見になり、防災庁舎跡を残し、復興祈念公園の整備が計画されている。

 

 

 

 

  • ポータルセンター

portalcenter・南三陸さんさん商店街が現在の場所に移転するまでは、商店街とポータルセンターが同じ場所にあったため、観光案内所の機能としても賑わっていた。

・今後は、道の駅建設予定から、さんさん商店街と隣接する場所に移転される予定。

 

 

  • 南三陸市場(南三陸地方卸売市場)

・津波の被害で流されたが、近い場所に仮の市場を設置し、震災後数か月で再開。

・その後、現在の場所に市場を再建。

・他の場所は10メートルを超える堤防を築いているが、市場であるため、当時の高さのままの数少ない場所である。

・震災2年後より、ボランティアが中心になり、夏のお祭りも再開しており、その会場になっている。

 

  • 北の恋人岬

koibito・津波でも枯れなかった夫婦松を眼下に望める明神崎公園は、震災以降、まったく管理されていない公園だったので、町民有志で公園の整備を開始。

・夫婦松と水平線に朝日が見えるということで、北の恋人岬と命名し、鐘・ベンチ・花壇を企業や団体の寄付をもとに整備。通路の整備も企業が県外からボランティアとして来訪し、携わった。以前からあった東屋に手を入れ、人々が集える場所に整備。

 

 

 

 

  • 南三陸病院

hosp・台湾赤十字組織からの多額の寄付により設置できた病院。

・震災以降、町内に入院設備がある病院がなかったため、拠点となっている。

・台湾の医師のインターンも登用されていて、人材交流も行われている。

 

 

 

 

 

  • 南三陸町役場

yakuba・本庁舎は津波で流されたため、高台にある第二庁舎のはす向かいに設置。

・杉の林業のまちであるということから、木材を多様に作った庁舎で今年竣工。

 

 

 

 

 

 

  • 復興住宅

・市の中心地が壊滅したため、町役場の付近を始めとした高台の地区に復興住宅が建設された。

・戸建てと集合があるが、抽選であるため、長年築かれたコミュニティから変わってしまい、都市部同様近隣との関係の希薄化が進んでいるという課題がある。

 

  • 南三陸町立戸倉小学校跡

昨日のブログでエピソードで紹介。

 

  • 海のビジターセンター

・南三陸町の海だけでなく、山を始めとした自然の情報館であると同時に、様々な生態を研究している環境省の施設。

・震災復興を目的に設置されている。

  • 石巻市立大川小学校

okawa・河口から5㎞の北上川沿いにあり、ほとんどの教師や児童が命を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

====

 

視察の成果として

・日頃からの備えが必要。防災訓練・避難所開設訓練・個々の備蓄が必要で、避難して来た人を受け入れた地域において、自らの備蓄が人を救うということもあります。

・津波のように避難所で暮らすケースもありますが、高台に住む人のように、ライフラインが停止したなかで、自宅で生活する人の方が圧倒的に多く、川崎市で想定した場合、その割合が高いと思われます。ゆえに、日頃からのコミュニティの関係構築が必要であると感じました。

・防災教育の重要性として、昨日書きました「命を救った中学生」の話を聞き、川崎市で考えてみました。日中に大災害が発生した場合、中学生が災害対応の担い手の中核になると考えられます。生徒の生命を守るという大前提に続き、学校での防災教育が必要であると感じました。

・復興に向け、ゼロからの出発、あるいはマイナスからの出発になるため、法律の専門家が寄り添うサポートは、被災者の自立を早める重要なポイントになると考えられます。

カテゴリー: ブログ   タグ: ,   この投稿のパーマリンク