友好の証とその始まり

13595676_1046563675424365_54964682_n 先日、那覇市を近所の仲間とプライベートで訪問。那覇市は、今年わが川崎市と友好都市20周年を迎えました。

川崎市では那覇市との友好20周年行事として、富士見公園への記念植樹を行っているため、せっかくなら、何か縁のあるところへと思い、虎瀬山へ。

ここは、首里城の北北東にあり、琉球王国時代に虎瀬御殿と呼ばれる別邸があったそうです。

ここが何で縁があるかと言うと、歌人佐藤惣之助の歌碑があります。佐藤惣之助は、明治23(1890)年川崎市生まれ。生家の跡地が、何と現在の川崎信用金庫本店になっています。「琉球諸島風物詩集」を発表していたり、沖縄出身の詩人を育成していたりと、沖縄と縁のある人だったそうです。

また、この歌碑をつくったのが、溝の口出身の陶芸家で人間国宝であった濱田庄司。

この歌碑は昭和34(1959)年に贈られていますが、友好都市になったのは、平成8(1996)年ですから、はじめて友好の証として贈られたものだったのかもしれません。

川崎市には沖縄出身の方も多く、ゆかりのある関係ですが、那覇市を訪れて、川崎を知ることもいいですね。

 

この歌碑の紹介については、下記の那覇市歴史博物館のサイトの内容をご参照ください。

 

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佐藤惣之助詩歌碑(サトウソウノスケシカヒ)

 

川崎市出身の詩人、佐藤惣之助の詩碑。

佐藤惣之助は、1890年(明治23)生まれ。12才の頃から俳句を学び、詩作を志した。1922年(大正11)5月から7月にかけ、沖縄及び台湾旅行を行い、『琉球諸島風物詩集』(1922年12月刊)を上梓した。詩集には、琉球諸島で接した風物を、琉歌の調子と琉球の言葉を取り入れて詠んだ詩85篇の他、紀行文が収められた。

惣之助は新人教育にも力を入れ、津嘉山一穂(つかやまいっすい)、伊波南哲(いばなんてつ)など多くの沖縄出身の詩人を送り出した。1942年(昭和17年)5月15日死去、享年53。

1959年(昭和34)、惣之助の出身地である川崎市から、那覇市との友好と文化的交流親善を深めるため、惣之助の詩碑が送られ、首里城跡に置かれた琉球大学構内に設置された。惣之助の十七回忌にあたる5月15日に盛大に除幕式が行われた。

碑は、同じ川崎市出身の陶芸家浜田庄司(はまだしょうじ)が、沖縄独特の赤瓦を織り込んだヒンプン(衝立(ついたて))型を作製し、詩集の「宵夏(よいなつ)」の一節「しづかさよ 空しさよ この首里の都の宵のいろを 誰に見せやう 眺めさせやう」が書かれた陶板をはめ込んだものとなっている。

復帰20周年を記念した首里城復元により、首里城内に建てられた明治以降の遺物は、全面撤去の方針が示されたため、詩碑を管理する那覇市は、1996年(平成4)3月、首里・那覇が眺められる虎瀬(とらせ)公園(首里赤平町(あかひらちょう))に、詩碑を移設した。

(出展:那覇市歴史博物館サイト)

http://www.rekishi-archive.city.naha.okinawa.jp/archives/site/%E4%BD%90%E8%97%A4%E6%83%A3%E4%B9%8B%E5%8A%A9%E8%A9%A9%E6%AD%8C%E7%A2%91

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